2010年2月1日で私も67歳になりました。少々ですが年金をいただいて約2年です。例えば、いつ死ぬことを想定して生きているんだろうと思うような高齢で元気な方を見ていると、自分はいつまで生きていられるのかと思うような年になったのです。昨年は、思わぬ事故でケガをしました。幸い色々な方のご助力で手術をし、回復に向かっています。転んで、眼の前にアスファルトのデコボコの面を見た瞬間、「これで終わり。死ぬんだ」と思ったとき、一瞬にしてやり残したことが思い出されました。仕事貧乏なんですね。幸い皆さまのおかげで命拾いをしましたが、これで無病の誇りも消えてしまいました。
と言うのも、66歳秋まで、入院も手術もしたことのないのが自慢だったのです。今から約30年前、ピラミッドの上約3mのところから落ちたときも、どこも何ともなく唇を切っただけで、4時間後には病院を出、翌朝現場に行き、労働者から「奇跡だ」と驚かれました。60歳のときヘルペスにかかりましたが、仕事が入っていましたので、近くの病院で朝早く点滴を1時間していただき治してしまいました。この頑強な身体を作ってくれた両親に感謝していますが、やはり年には勝てず、ついに入院、手術をしてしまったのです。悔しいです。数少ない自慢の種がなくなってしまったのです。
しかし、思えば短いようで長い人生です。「我が人生悔いなし」という唄がありますが、正しくそうであり、そして、今後死ぬまでそうあり続けたいと思っています。今手がけている第2の太陽の船の決着に、あと5年はかかるでしょう。2007年から始めましたサイバー大学を軌道に乗せるのに、あと6年はかかるでしょう。今やっている「日本の祭り」、あと何年やれるかわかりませんが、足腰がちゃんとしているうち-あと4、5年-はやれるでしょう。今の新発見展の次の自分の発掘物での展覧会まであと5年くらい、そして2年間全国を巡り皆さんに見ていただくとして7年です。と言うことは、最大限あと7年、74歳までは元気にしていないといけないわけです。7年って、長いようで結構すぐ来るかもしれません。
私の尊敬する先輩の中で、80歳過ぎたら全て浮世の義理を断って亡くなっていった方がいます。とても憧れの人生です。ただ、私は75歳をその年にしようと今考えています。もちろんこれはマニフェストでありませんから、守らない、いや守れないかもしれません。本当のところ、70歳を過ぎたら責任は持てません。かなり無理をして、体力と気力を今までに使ってきたからです。しかし、私の67歳の誕生日をカイロの青い空の下で迎えました。それはそれで、私の運命を示すということでよかったと思うのです。皆さまありがとうございました。

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