3月4日にプレス発表した今回の私たちの新発見についてですが、テレビでは当日夜9時のNHKのニュースと後日RKB毎日放送(九州・福岡)でのトピックスで、新聞は中央紙では読売新聞と毎日新聞、共同通信がリリースしてくださったので大方の地方紙で出してくださいました。もちろんウェブにもカラー写真で出ましたので反響が多々ありました。日本国内もさることながら、3月3日にカイロでエジプト考古庁が発表してくださったため世界中のメディアが取り上げてくださいました。おかげで、新聞、ネットや雑誌、そして学術誌からインタビューの申し込みが相次ぎました。
このような大きな反響があった理由は、発見した墳墓がラムセス2世の孫王女ということにあると思います。日本人にとってラムセス2世はあまり重要と思われていないようですが、欧米の人たちにとってはモーゼの出エジプトに関わった歴史上最も重要なエジプトのファラオなのです。よって、その反響にはものすごいものがあります。
もともと、1992年に電磁波地中レーダーで発見したこのアブシール南丘陵遺跡は、ラムセス2世の第4王子で当時宰相だったカエムワセトの葬祭殿が造られていたところです。何故こんな砂漠の中(サッカラ階段ピラミッドから西へ2kmいったところ)に造ったかは知る由もないのですが、この丘から四方を眺めますと、北はアブロワシュ、ギザ、アブグラブ、アブシールが見え、東にはサッカラの階段ピラミッドが、南はダハシュール、よく晴れていればメイドゥムまで見えます。この眺めの良さが決め手だと思いますが、実は階段ピラミッドを造ったイムヘテプがここでピラミッド建設の実験をしたというのも大きな動機の一つになっていると思います。ともかく、カエムワセトの墓も近々発見できると私たちは張り切っています。
長野の雪祭りに行ってまいりました
「ダイドードリンコ日本の祭り」の2012年のひとつ目の祭りで、1月14 続きを読む…